「てんごくく〜〜んvv」
のんきな声が秋空の下に響いてきた。
声の主は、セブンブリッジ学院3年、鳥居剣菱。
帰宅したばかりのここ、猿野酒店にいるはずのない存在だった。
「なんでこんなとこにいるんですか!?」
利を得る漁夫は 手回し上手
「ごめんなさいねえ、猿野クン。
剣ちゃんてばまた病院抜け出しちゃって。」
「いえ、回収に来てもらってっからいいんですけどね。」
とりあえず突然の侵略者は、回収者によって取り押さえられていた。
ちなみにリーダーは中宮紅印、メンバーは王桃食と霧咲雀、そして中宮影州のいつものメンバーである。
「全く…後先考えねえのもいい加減にしとけよな、剣菱。
マジ死んでもしらねーぞ?」
「同感。剣菱 無謀。」
「死んだら自分の責任アルよ、剣菱?」
なかなかに容赦のない仲間の言葉だが、剣菱はそれくらいでは当然へこんでいなかったし。
懲りてもいなかった。
「だって〜、てんごく君あんまり会いに来てくれないし〜〜。」
「一日おきに行ってるのにまだ不服なんですか!!」
剣菱の言い草に、天国は突如切れた。
そうなのだ。
「あんまり来てくれないから」と最初に病院を抜け出してきたので、
それ以来剣菱に会いに行く回数を増やし、今では一日おきという家族並の回数になっているのに。
まだ「あんまり」などと言うのか。
剣菱にしたら少しでも長く思い人と会っていたい、という気持ちなのだろうが…。
「え〜〜でもオレは毎日会いたいし〜。」
「オレにはオレの予定ってもんがるんですよ!全く!」
「ホントにもう、ちょっと甘やかしすぎたわねえ。」
紅印もやれやれ、といったふうに思いつつ。
本音のところは、あまり止めるつもりは無かった。
こうやって剣菱を追ってくれば自分も天国に会えるのだから、と。
密かに思っているから。
わざわざ剣菱がこの十二支にくるたびに回収に来ているのも、それが理由だった。
とはいえ、こうやって剣菱が抜け出して、病気の回復を遅らせているのも事実。
恋する男としてはおいておいても、剣菱の友人としては諌めなければならない。
「あんまりわがまま言っちゃダメよ、おにーちゃん。」
「…そう呼ぶかな〜?」
紅印の言葉の終わりの呼びかけに、剣菱は少し眉をひそめる。
剣菱にはその言葉が紅印の牽制のように思えたから。
その時。ふと 流れた剣呑な空気に言葉が挟まれる。
「あれ…なんで、ここにセブンブリッジの人がいるわけ?」
「鳥居殿?そなた確か入院中の身では?」
「よー、中宮弟も一緒か、ひっさびさ〜〜。」
「沖!魁さんにエロ師匠も?!」
「よっ、猿野。監督からのピーな酒の注文預かってきたぜ!」
「どんなんですかそれ…って、電話で事足りるでしょうが。
なんでまたわざわざ…。」
「いや、その…拙者もそう申したのだが、小饂飩が、な。」
こほん、と言い訳をするように言葉を濁す魁。
「…先輩も行きたそうにしてたくせに。」
「お、沖!」
相変わらずぼんやりとした瞳で小さく呟く沖。
「だってよ、やっぱ久しぶりに猿野に会いたかったしな。
元気だったか?相変わらずピーに可愛いじゃんv」
「ちょっと待ってよ〜〜。」
「アタシたちはもうほったらかしかしら?」
「おーい、小饂飩〜〜。抜け駆けはよくねえよなあ?」
「朕たちも猿野に会いに来たネ、横から入ってくるのは失礼ヨ?」
「……。」
横入りしてきた黒撰高校のメンバーに、セブンブリッジの面々はたたみかける。
そして冷ややかな空気があたりを覆おうとした、その時。
「天国ぃ、そろそろ手伝ってちょうだい。」
「あ、分かった!!」
店の中から天の助けが来た。
猿野酒店の店長である天国の母親だった。
「あら、お友達?
埼玉選抜のみなさんかしら?」
穏やかな声とともに現れたのは、天国によく似た美人だった。
彼女が天国の母であることは、初対面の面々にもよく分かった。
((((((ここはしっかりアピールを…!!)))))
そう、3年生の全員が思った瞬間。
「こんにちは、猿野のおばさん。」
す、と小さな影が天国の母の前に現れた。
「あら?あら…あなた沖さんのところの草次くん?!
まあ、天国のお友達だったの?!」
「「「「「「????!!!!」」」」」
「あれ、オフクロ沖のこと知ってんのか?」
「天国知らなかった?最近できたお得意さんなのよ。」
「へー、そうだったのかー。知らないところで世話になってたんだな。」
驚愕の事実に、セブンブリッジ学院と沖以外の黒撰高校のメンバーは呆然とした。
その中で、気になる言葉をに魁は気づく。
「…最近…?」
「…最近…ね、1ヶ月くらい前から…。」
魁の疑問に、沖はくすっと笑って小さく呟いた。
((((((……こいつわ…。)))))))
「そうだわ、沖さんの注文もいただいてたのよ。
草次くん今用意するからそれまで天国の部屋で待っててくれる?」
「あ、それいいな。沖、時間あるか?」
「……あるよ、喜んで。」
「「「「な…?!!」」」」
「あ、あのお母さん、それは…。」
うろたえて止めようとする魁に、
「はい?」
と、天国の母は天国によく似た可愛らしい笑みを返す。
その表情に、魁は何もいえなくなってしまった。
そして取り残された3年生たちは。
飲みもしないジュースを、せめてワンケースずつ。
買って帰ったのでありました。
どうやら手回しがモノをいうのは、高校生の恋愛でも例外ではないらしい。
そんな教訓を得た、一日だった。
end
杜夜さま、大変遅くなりました!
今回もだいぶシチュエーションに悩みましたが…お母さんで解決させてもらいました。
沖っぽくないかもしれませんが、私の中では結構根回し上手なとこもありそうな雰囲気なんです。
沖くんて。
そしてヘタレな3年主将s、書いててかなり楽しかったです!
杜夜さま、素敵なリクエスト本当にありがとうございました!
そして大変遅くなり本当に申し訳ありませんでした。
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